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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)2249号 判決 1977年1月25日

原告 中屋久憲

被告 株式会社ときわ相互銀行

右代表者代表取締役 矢野博

右訴訟代理人弁護士 西迪雄

同 井関浩

主文

一  本件訴中、別紙目録一記載の決議の取消請求を棄却し、同目録二記載の決議の取消しを求める部分を却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告の申立

一  昭和五〇年一二月二三日午前一〇時開催の被告の第一〇四期定時株主総会における別紙目録一、二記載の各決議を取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

被告の申立

主文同旨の判決(別紙目録二記載の決議の取消請求については、予備的に請求棄却の判決)を求める。

原告の主張

一  被告は相互銀行業を営む株式会社であり、原告はその株主である。

二  被告は、昭和五〇年一二月二三日午前一〇時開催の第一〇四期定時株主総会(以下本件総会という。)において、別紙目録一、二記載の各決議をした。

三  しかしながら、別紙目録一記載の決議については、次の瑕疵がある。

1  商法二八三条一項により株主総会の承認を受けるべき貸借対照表、損益計算書及び利益金処分案は、株式会社の貸借対照表、損益計算書及び附属明細書に関する規則(以下計算規則という)二条により金額を円単位で記載すべきものであるのに、右決議の議案として提出されたこれらの書類にはいずれも金額の単位が千円として記載されており、円単位で記載されていない。

2  相互銀行が商法二八三条一項により株主総会の承認を受けるべき営業報告書は、他の計算書類の内容についての具体的肉付もしくは解明、営業全般についての過去の重要な市況と取引の説明及び相互銀行法施行規則七条に定める営業概況書様式の一項から一八項までのうち株主総会で報告するに適する事項を記載すべきものであるのに、右決議の議案として提出された営業報告書にはこれが記載されていない。

3  右1、2記載の書類を監査役及び株主総会に提出するには取締役会の決議を要するのに、本件ではこの手続を経ていない。

4  右1ないし3記載の違法があるにもかかわらず、監査役はこれらの計算書類が適正であり、法令及び定款に適合している旨の監査報告書を提出し、被告はこの違法な監査報告書の謄本を右議案に添付した。

四  また、別紙目録二記載の決議については、次の瑕疵がある。

1  被告は本件総会にさきだち、各株主に対し、右総会における議決権代理行使の受任者の斡旋を委任状用紙を付して勧誘したが、右勧誘に応じて株主が提出した委任状には受任者名の記載のないものがあった。委任状により議決権の代理行使をさせるためには、その委任状自体に受任者名の記載があることを要し、その記載のない委任状は無効としなければならないのに、被告は右決議に当り、受任者名の記載のない白紙委任状により議決権の代理行使をさせた。

2  右委任状用紙には右決議の議案の原案、つまり、取締役一名を選任すること及びその候補者として安蔵誉を推選することについて賛否を問う趣旨が記載されているのみで、その候補者を取締役として選任するか否かについての委任者の意思が明確に表示されていない。

3  議決権の代理行使を勧誘するには、上場株式の議決権の代理行使の勧誘に関する規則三条により全議案についてその賛否を問わなければならないのに、被告は本件総会に関しては右決議の議案についてのみ勧誘した。

五  よって、原告は商法二四七条により右各決議の取消しを求める。

被告の主張

一  原告が別紙目録二記載の決議の取消しを求めたのは、右決議の日から商法二四八条に定める出訴期間を経過した後の昭和五一年五月一一日であるから、本件訴中、右決議の取消しを求める部分は不適法として却下されるべきである。

二  原告の主張一、二記載の事実は認める。

三1  原告の主張三の1記載のとおり、原告主張の各書類に金額がいずれも千円単位で記載されていることは認める。

相互銀行の作成する貸借対照表及び損益計算書については、相互銀行法施行規則七条により様式が定められているが、右様式は金額を千円単位で記載すべきものとしている。したがって、この様式に則って金額を千円単位で記載した本件の貸借対照表及び損益計算書に違法の点はない。のみならず、現在の貨幣事情のもとにおいては、千円未満を四捨五入して記載したこれらの書類が株主、債権者等に対する会社経理内容公開の趣旨に反するとはいえず、正確性、明瞭性を欠くということもできない。また、多額の金額を記載することが通常である相互銀行や銀行のこれらの書類については、金額を千円単位で表示することが慣行となっており、この慣行はいずれ株主の負担となる公告費用節減の見地からも是認されなければならない。

利益金処分案の記載方法については右のような特別の定めはないが、利益金処分案の基本となる当期未処分利益金額は、貸借対照表及び損益計算書に記載された当期未処分利益であるから、前記のとおりこれらの書類の金額を千円単位で記載することが適法である以上、当然利益金処分案の金額単位を千円として記載することも適法である。

2  営業報告書に記載すべき事項及びその記載方法についても特別の定めはないから、会社はそれぞれの事情に応じて営業の概況、資本の変動等株主に対して報告する必要があると認める事項を適当と考える程度に記載すれば足りると解すべきところ、被告は、相互銀行としての性格を考え、同期中における預金量、貸金量及び損益状況を前期と比較しながら説明するほか、株主の関心があると思われる店舗の状況について報告し、さらに増資払込みを完了した旨及び準備金の資本組入れによる発行済株式数と資本の増加について記載しているのであるから、商法二八一条一項の営業報告書として何ら欠けるところはない。

3  原告の主張三の3記載の事実は否認する。

4  同4記載の事実中監査役が被告の第一〇四期の計算書類は適正であり、法令及び定款に適合している旨の監査報告書を提出し、本件の議案にその謄本が添付されていたことは認める。

四1  原告の主張四の1記載の事実中、被告が本件総会にさきだち、各株主に対し、右総会における別紙目録二記載の決議について、議決権代理行使の受任者の斡旋を委任状用紙を付して勧誘したこと、右勧誘に応じて株主が署名捺印し、被告に返送した委任状のうちに受任者欄に受任者の氏名を記入しないまま受任者が決議に用いたものがあることは認めるが、その余の事実は否認する。

株主から送付された委任状のうちには、受任者欄に株主である特定人を記載したものもあるが、多くは受任者欄を白紙として受任者の選任を被告に一任しているものが多い。そこで、被告は本件総会においては、従業員でかつ株主である本郷智夫及び八木岡猛の承諾を得て同人らを受任者として株主の議決権を代理行使させたものである。

受任者欄を白紙としたことで株主の署名捺印した委任状が無効となるいわれはなく、また、前記本郷、八木岡の所持する委任状により両名の代理権を審査したうえ議決権を行使させて成立した右決議には何らの瑕疵も存しない。

2  原告の主張四の2記載の事実は否認する。

証拠関係《省略》

理由

一  原告の主張一及び二記載の事実は当事者間に争いがない。

二  別紙目録一記載の決議の取消請求について

1  右決議の議案として提出された貸借対照表、損益計算書及び利益金処分案に記載された金額がいずれも千円単位で表示されていることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被告は第一〇〇期から同様に記載しているほか、他の相互銀行においても、すべてこれらの書類に金額を千円単位で記載していることが認められる。

原告は、これらの書類に金額を千円単位で記載したことは計算規則二条に定める正確性、明瞭性を欠くものと主張する。

しかしながら、相互銀行が作成すべき商法二八一条一項に掲げる貸借対照表及び損益計算書の記載方法並びに商法二八三条二項による公告については、株式会社の貸借対照表、損益計算書及び附属明細書に関する規則の特例に関する省令二条により相互銀行法施行規則(以下施行規則という。)の定めるところによるとされているところ、同規則七条は相互銀行が営業年度ごとに主務大臣に提出すべき業務報告書の一部としてであるが、貸借対照表及び損益計算書を千円単位で記載するものとして様式を定め、同規則八条は相互銀行が公告する貸借対照表は右の貸借対照表と同一の様式でなければならないとしている。さらに、同規則九条は監査役の作成する監査書につき、同九条の二は商法二八一条一項に掲げる附属明細書につき、いずれも千円単位で記載すべきものとして様式を定めている。これらの規定をとおしてみれば、同規則は直接商法二八一条一項の規定により作成すべき貸借対照表及び損益計算書の記載方法として定めることはしていないが、これについても金額を千円単位で記載することを当然許容しているということができる。

これを実質的にみても、これらの書類を株主総会に提出するのは、会社の経営状態と配当可能利益算定の判断資料とするためであるから、金額を円単位で記載しなければ正確性、明瞭性を欠くという筋合のものではなく、記載される金額の多寡に応じて相対的に定め得べきものである。

《証拠省略》によれば、被告は、昭和五〇年一〇月一日現在の発行済株式総数七二四〇万株、資本金三六億二〇〇〇万円、第一〇四期末の資産三七七八億余円、同期の経常収益一三三億余円の規模を有する会社であると認められるから、このことを考えれば、本件の貸借対照表及び損益計算書に金額を千円単位で記載したことがその判断資料としての正確性、明瞭性に何らの影響を及ぼすものでないことは明らかである。

右書類の記載は適法といわなければならない。

利益金処分案については、計算規則二条の適用はないから、右書類の記載方法が同条違反になることはない。のみならず、利益金処分案の基本となる当期未処分利益金額は貸借対照表及び損益計算書に記載された当期未処分利益であるから、前述のとおり貸借対照表及び損益書の金額を千円単位で記載することが適法である以上、利益金処分案についてのみこれを違法とすべき理由はない。

よって、原告の右主張は失当である。

2  次に、本件の営業報告書の記載は違法であるとの原告の主張について判断する。

商法二八一条一項に掲げる営業報告書は、計算書類の一部として、当該営業年度中の営業状況について文章をもってする報告書である。したがって、その内容は当該年度の業績、主要財産の取得または処分、新株の発行その他会社の組織及び運営に関する重要事項を記載することになるが、これをどのような形式で、どの程度に詳しく記載すべきかについては特別の定めはないから、それぞれの会社の規模、態様に応じて適宜記載すれば足りるものと解される。

《証拠省略》によれば、本件の営業報告書には、文章と表をもって、第一〇四期末の資金(預金)量、融資(貸出)量及び同期の損益の状況を前期と比較しながら記載してあるほか、店舗の状況、増資払込みの完了及び準備金の資本組入れによる発行済株式数と資本の増加についての報告が記載されていることが認められるから、被告の営業の種類、態様に照らし、右の記載は相当であり、違法の点はないというべきである。

よって、原告の右主張は失当である。

3  以上に述べたとおり、本件の貸借対照表、損益計算書、利益金処分案及び営業報告書の記載には違法の点はないから、原告の主張三の4記載の主張中これの違法を前提とする部分も亦失当である。

4  原告の主張三の3の主張と同4の主張中3の主張を前提とする部分が昭和五一年一〇月二七日にはじめて主張されたものであることは記録により明らかである。

ところで、商法二四八条は決議取消の訴は決議の日から三ヶ月内にこれを提起することを要する旨定めているが、その趣旨は決議取消の訴によって主張される決議成立過程の瑕疵は比較的軽微であること、時の経過によってその採証が困難となることなどの理由からできる限り早期に決議の効力を明確ならしめることにある。したがって、右の期間は決議の瑕疵の主張そのものを制限したものと解すべきところ、右の主張はいずれもこの期間経過後になされたものであるから、右の規定に違反する不適法の主張といわなければならない。

よって、右の主張は採用できない。

5  そうすると、別紙目録一記載の決議については、原告主張の瑕疵はないことになるから、この瑕疵の存在を前提とする右決議の取消請求は失当というほかない。

三  別紙目録二記載の決議の取消請求について

原告が右決議の取消しを求めたのは、決議の日から三ヵ月を経過した後の昭和五一年五月一一日であることは記録上明らかであるから、本件訴中右取消しを求める部分は商法二四八条に違反し、不適法である。

四  よって、本件訴中、別紙目録一記載の決議の取消請求を棄却し、同目録二記載の決議の取消しを求める部分を却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小林亘)

<以下省略>

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